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信じる。

   
プライベートではなく 学校や職場での話。

ひとや職場のこと それそのものは
きちんと 信じているつもりだけど

自分が ひとや職場にとって
尊重するには 値しない人間だから
簡単に 疎外されたり 拒否されるかもしれなくて
常に そういうことに 気を付けて居なくては
あっさり 足を掬われてしまうような 感じがする。

そうであることが 哀しくても 嫌でも
自分には そもそも そうでなくなるための
方法や努力の仕方を
見つける能力が 足りなくて
身を竦ませて 待っているだけしか できないような。

根本的不穏感からの引用。

この感覚に 似たようなもので

ひとや職場のことは
やっぱり信じているつもりだけれど

ひとには 大切なものの順位っていうものが 当然あって
やっぱり 何かと何か 誰かと誰かが 対立した場合
どちらかを 軽んじようとしたわけではなくても
『大切なほうを 選んだ結果として 軽んじられる側』がある。

そして あたしのように無器用で
上手に 人と関わることもできないような人間は
きっと その人にとって『友達』に値するような
爽やかに 雑談できちゃうような人たちより
優先されることはないだろう。

っていう 感覚がある。

それは 何度かこのブログには出てきた
今のバイト先の先輩からのいじめがあったときに

あたしは 他のバイト仲間には
ほとんど相談しなくて
あたしの判断で 突然
上の立場の人に相談して

その時に バイト仲間の一人に
『相談してくれればよかったのに』
って 言われたんだけど
言えなかった(言わなかった)理由の
一つでもあるんだけどさ。

そのバイト仲間は 真面目だし 優しいし
周りもよく見てくれる 尊敬できるひとではある。
あたしも 比較的その人には
緊張せずに 話したりもできたりする。

立派な人だよ。
信頼できる人だと思うよ 確かに。

でも そつなくなんでもこなしちゃうような そのバイト仲間は
先輩とも というか
基本的に 人と関わることが得意ではないあたしよりも
その先輩との『ほうが』仲が良い。
少なくとも 仲が良いように あたしには見えていた。

そこで これです↓

ひとや職場のことは
やっぱり信じているつもりだけれど

ひとには 大切なものの順位っていうものが 当然あって
やっぱり 何かと何か 誰かと誰かが 対立した場合
どちらかを 軽んじようとしたわけではなくても
『大切なほうを 選んだ結果として 軽んじられる側』がある。

そして あたしのように無器用で
上手に 人と関わることもできないような人間は
きっと その人にとって『友達』に値するような
爽やかに 雑談できちゃうような人たちより
優先されることはないだろう。

これ。

あたしに 嫌なことを言ってくる先輩と
それを嫌がるあたしは 元々対立しているわけだから。
そして そのバイト仲間は 先輩と
少なくとも 雑談で笑いあえる程度には
仲良しなわけだから。

バイト仲間に 相談したところで
あたしと 先輩を比べて 大切な方の先輩を選んで
精々 あたしの感じ方を コントロールしようとするか
事勿れに 持ち込まれる図しか 浮かばない訳ですよ。

だから 誰にも相談しなかったし
する気もなかったし

寧ろ 誤魔化す隙を与えて
何かしらのこじつけをされて
あたしが悪いことにされることが怖かったから
その隙を与えないように
悟らせないように 気を付けていたようなもので。



・・・何を言いたいんだろう
こんな昔のことを持ち出してw

・・・そうだ。
この形での『信じる』っていうものについて
リアルで 人に話した時に
『それは 「信じる」ではない』
って言う風に言われたので
ちょっと 考えてみようと思ったわけです。

あたし自身も
『どうも この場合に
あたしの言う「信じてはいる」っていうのって
ちっとも 安心感がないなあ』
って思ったし。

本当はもっと「信じる」っていうのは
安心感のあるものだよね?
それとも 安心感が幻想なのかしら。

プライベートでの 夫への『信じている』は
少なくとも これよりはずっと
安心感あるんだけどなぁ。
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