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とある対立のような何かについてのつれづれ

   
困ったなー

弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

そういうひとたちへの 愚痴が
全部 自分につきささる という

これは フィルター異常?
劣等感のなせる技?



忘れちゃいけない 大切なこと は
言ってるひとたちが
少なくともあたしには
優しいってことだ

言葉を ちゃんと
聞いてくれるってこと
話してくれるってこと

そしてときに
たすけてくれるってこと



そして わかるまで
きちんと話してくれるってこと

忘れちゃいけない
あたしはちゃんと
向き合ってもらってるんだ



でも

>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

カテゴライズだけでいうなら
あたしも 当てはまっている

当てはまっているから
刺さってしまう



実際は あたし自身の解釈が
あたしに対して
厳しいものになってる可能性も
勿論考えているのだけど

そう考えること自体が
ただの 逃避みたいな気がして
後ろめたくもあるし
やっぱり あたしは
自分も当てはまるだろうと
疑うことにする



>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

相手とあたしの間に
こういうひと の
カテゴライズ基準に
ズレがあるのか

あたしと 関わることに関して
みんなが 我慢してくれているのか

ズレがある の方だと
信じたいものだけど



カテゴライズ基準について
考えてみよう

多分其処が
とても大切な部分



そして 例えそれが
あたし自身にも当てはまるという
あたしにとって つらい
結果になったとしても

その カテゴライズ基準のイメージが
具体的であればあるほど
あたしの其処からの 脱却は
容易になるだろうし



あれ カテゴライズ基準について
考えられないや

参考資料が少なすぎる?

それとも

あたしの意識されない部分に
考えたくない理由がある?





ちょっと思い出した

>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

が 弱いから 余裕がないから
あたまがわるいから
いけないんじゃなくて

先に

自称弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと が
そうであることを武器に

弱さを 余裕のなさを
あたまのわるさを
尊重しないお前らが 悪い

と 攻撃を仕掛けたんだっけ?



もし そうだとしたら
話は全然変わってくる 気がする

もしそうなら

>>弱い 余裕のなさ
あたまのわるさ

が 問題になるんじゃ
ないんじゃないかな



劣等を 免罪符にしようとする姿勢

免罪符を用いて
>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

弱くないひと 余裕のあるひと
あたまのわるくないひと
とやらの言葉を
聞いたり 解釈したり
向き合う努力を 放棄すること

相手の言葉を 無視すること

そういう姿勢が
問題になってくる?



そして 双方共に
一般化みたいなものが
起きてしまった?



>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと
の すべてが

弱くないひと 余裕のあるひと
あたまのわるくないひと

の 言葉を 聞いたり 解釈したり
向き合う努力をすることを
放棄するわけでもないし



弱くないひと 余裕のあるひと
あたまのわるくないひと
みんなが

>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

には理解できないような
言葉や 考え方をするわけでもないのに



>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと
みんなが

弱くないひと 余裕のあるひと
あたまのわるくないひと
の 言葉を 聞いたり 解釈したり
向き合う努力をすることを
放棄するかのような



弱くないひと 余裕のあるひと
あたまのわるくないひと
みんなが

>>弱いひと 余裕のないひと
あたまのわるいひと

には理解できないような
言葉や 考え方をするかのような



何処かで そういうものが
生まれてしまった 気がする



(段々 カテゴライズ基準は
大して重要じゃない気がしてきた)



コミュニケーション 意思疎通なるもの
あたしみたいな
不器用な人間には尚更だけど

そうではなくても
きちんと 伝えたり
きちんと 受け止めるのは
難儀なもの

あたしがあたしだからなのか
本質的にそう言うものだからなのかは
確証は無いけれど・・

あたしの世界観に基づいていえば
自分から相手に伝える時も
相手から自分が受け止める時も
最低 2つのフィルターを通すことになって
フィルターを通すたびに
話者の意図した 言葉の意味からは
少しづつ 変化してしまうわけだから

うまく 伝わらない事も
うまく 解釈できない事も
ちっともおかしい事じゃ無いと思う



だから 議論とか 研究とか(?)
厳密性を必要とする分野では
コミュニケーション面にしても
知識の範囲にしても
相互努力は不可欠に
なってくると思うんだけど

その努力って 結構体力や 根気
時間や 諦めずに向き合う姿勢が
必要になってくるから

実際 かなりしんどいんだと思う

(あたし自身のはあまり
そう言う議論には参加しないから
確証は無いけれど)



そのしんどさを
例えば 相手だけの責任だと
思い込んでしまったらどうだろう?

自分が理解できないのは
相手が自分の知識を鼓舞する為に
わざと 難しい言葉や言い回しばかり
使うからだ

自分の言葉を
理解してもらえないのは
相手が自分の知識の無さに甘えて
向き合おうとしないからだ

と そんな感じに



色んな場合があるから
実際には こうだ みたいなものは
あたしには無いけれど

厳密性を大切にするなら
しんどいこと 努力が必要だって事は
どっちも 手を抜いていなかったとしても
当たり前 と思うし

しんどさと 「自分はできる限りやってる!」
って意識が結びつけば
有り得ない話でも無い 気がする



とりあえず 何の結論も出ないけど
そう言う場合も あるのでは無いか
って言う程度・・

其れにあたしは ここに書いた範囲では
向き合うことに ある程度は
真面目であることが前提になってるし

片方が 本当に 不真面目だったり
茶化そうとして 楽しんで茶化してる場合は
あたし自身に あまりそう言うことが無いから
よくわかんないし

まあ 深夜のつれづれです
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