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感謝なんかできなかったよ! 

『感謝の心を
忘れないでね』

あたしね この言葉
嫌というほど
言われた事があるの

そいでね
実家にいたころ
この言葉があたし
実は 大嫌いだった

幾ら諭されたって
仕舞いには 叱られたって

実家に対しても
友達に対しても
あんまり上手に
持てなかったよ

だってね
あたしだって
一人で生きられないのは
知っていたんだよ

生きるには
産まれなきゃならないし
産まれるためには
両親が必要だし

たくさんの人に
助けられなくちゃ
生きられないのも
わかってたんだよ

だけど
感謝するためには
あたしには
それだけじゃ
ダメだったんだよ

『生きていることは
自分にとって
良いことだ』
って感覚が無ければ
感謝なんか
無理だったんだよ

たくさんの人の
手助けを喰い荒らして
生きていることを
知っていたとしても

生きていること自体を
肯定できなくっちゃ
それは 感謝なんかよりも
喰い荒らす自分に対しての
罪悪感を 生むんだもの!

だからあたし
感謝できなかったの
あたしの命を
繋ぐ手伝いを
して下さった方々へ
対しても・・・
上手に 感謝なんて
できっこなかったの

感謝の気持ち
上手に持てないのに
持ちなさい持ちなさいって
言われたりしたけど

あたしは
なんで? って思ったよ
持てないのに どうして
持った振りしろっていうの?

実際には 持てないんだから
持った振りしか できないし
そんなことするのも
なんか 腹立たしかったよ

『持ちなさい』って
言葉自体が
自分に
嘘を強要してるようで
苦しかったよ

あたしがはじめて
心の底から
感謝できたのは多分
実家から離れて
自由と幸せと安定を
感じた時だったよ

そこでやっと
幸せだと 感じて

今まで生きてきて
良かったと 感じて
これからも
生きたいと
感じることができて

そこからようやく
今まで生きてくれた
自分自身を
嬉しく思って
生きる手助けをしてくれた
周囲を 有り難いと
感じたよ

そして これが
感謝ってものなのかな
とか 思ったんだよ

感謝とか
自分を大事にとか
他人を大事にとか
人を愛するとか

理屈じゃなくって
感情的な何かは
『その感情が
自分の中で
溢れ出すような
体験をして
実際に 溢れて
実感をしなければ
学べないもの』

その感覚が
未経験ならば
周りが 口を酸っぱくして
強要したって
難しいんだよ

自分の中に その感情を探して
ぐるぐる
ぐるぐる
考えたって

『体験してないなら
見つかるはずもない』

強要しないで
時期を待ってね

自分の中に 見つからなくて
焦っている 誰かも

友人に そんな感情を
どうにか 持ってもらいたくて
ヤキモキしてる 誰かも

自分の中に
上手に見つけられなくても
自分を 
攻め立てたり しないでね

相手が 上手に 持てなくても
相手を
追い詰めたり しないでね

だって そういうの
意志の力じゃ
どうにもなんないもの

解るとき つまり
『自分の中で
溢れ出すような
体験をして
実際に 溢れて
実感をしたとき』
には 嫌でも解るものだし

そういう体験が
そもそも 無ければ
誰が悪いわけでもなく
強要したって
しなかったって
結局 わからないもの

どっちにせよ
強要には多分
意味は 生まれないもの

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[2008/03/26 14:22] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

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