好きです 

あたしは
歌うことが 好きです

棚作ったり
折り紙することも
書き物することも
好きな方だと 思います

あたしは
好きなものは 好きと
言う事が 好きだから

歌うことが好きと
ものを作るのが好きと
言います

あたしの 好きというのは
やっているとき

その行動が
あたしにとって心地よいと
そして 幸せだと
ただ それだけの
ことだったり します

だけど誰かに
○○が好きですと
話したとき

それが
『得意である
上手である』
と 思い込まれて
しまうことが
たまにあるようで

あたしにとっては
そのことが なんとなく
恐いです

好きだ
と言っているのだから

やっているときに
自分が楽しいのは
はっきりと 事実です

でも あたしは
自分が 上手だとは
得意だとは
決して 思ってはいない

やっていることが
自分にとって 幸せだと
ただそれだけのことで
本当にそれだけなのです

好きだ ということが
得意 や 上手 と
直結していなくちゃ
ならないのならば

むしろ あたしが
好きだ の意味を
履き違えていて

そもそも
好きだという言葉は
得意や上手を
意味するのであれば

あたしにとって
『好きだ』という言葉を
使うことは
難しくなってしまう

得意とか
上手とか
解らないもの。。

だって
『それをしていることが
自分にとって心地よいと
感じるかどうか』
自分だけで
判断出来るけど

得意かとか
上手かなんて
どうやって
判断すればいいのかな

Σもしかして
他の人が
普通に 判断してることを
あたしができてない
だけなのかな

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[2008/06/29 12:56] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

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