ギリギリ健康です(? 

保育園で働いてた時代も
今でも たまーにね
あたし メンタルの病気と
間違われるときがある 。

実際は あたし
お薬飲んでるわけじゃないし
医者とかカウンセラーとか
必要としているわけじゃないし
毎日 職場にもいっているし
健康な つもりなんだけど 。

そんなとき あたしは
なんとなく 不思議な気分になる 。
あたしは 別に
病んでるつもりはなくて
普通に あたしのまんまで
話してるだけのつもりなのに 。

人とか コミュニケーションが
苦手だったり
そういうことって・・
病気の人 限定なのかなって 。

あたし 苦手な事も
怖いことも たくさんあるけれど
欠勤だって ほとんどしてないよ 。

もうこの職場で
一年以上は働いてるけど
休んだのは 二日だけだし 。

病院や カウンセリング
そういうのが 確かに必要で
明らかに 病気だった 時代もあって
だけど あたしは
其処から必死で
這い上がったつもりでいるよ 。

薬や 病院だって
手放してから
要らなくなるまで
すごく大変だったんだ 。

自分の内側と 必死で対峙して
議論して 議論して さ 。
薬や病院を手放して
何が一番大変だったって
衝動や 鬱屈した感覚を
ちっとも 誤魔化せやしないって事 。

薬は 解決はしてくれずとも
衝動や鬱屈を 少しだけ
鈍らせてくれるからね 。
あたしを 休ませてくれるからね 。

それでも あたし
向き合ったんだよ 。
あたし自身と 背負ったものと 。
あたしの中に元からある不都合と
必死こいて 顔突き合わせて
足掻いてきたつもりでさ 。

病院 要らなくなって
お薬から 離れて
あたしを不安定にさせる 環境も
あたしから きっちり
引き剥がした 。

でも 周囲から 言われる
そういう言葉を聞くと
あたしの中に
確かに 名残というのか
病的な何か というのか
何か そういうものが
こびりついているのか と
不安に 感じてしまう 。

彼氏の助けなら 借りているけれど
社会生活も 守っているよ 。
健康保険も 年金も
奨学金の返済も こなしているんだよ 。
それでも・・?

病気である事が
悪いって訳じゃないし
あたしは 自分が昔
其れを必要としていた事を
恥じているわけじゃない
(他人の目は
 確かに気になるけれど)

だけど なんだろ
そういう言葉には 少し
哀しい気持ちになるんだよ 。

あたしが
必死で越えたものなんて
大したものじゃないって
言われたような

医療機関を必要するか否かに関わらず
『あんたは変わってる』
って言われているような 感じがして 。

あたしはね
ギリギリ 健康なつもりなんだよ 。
だって 普通に働いてるじゃないか 。



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[2009/05/31 15:17] 日常的な徒然 | トラックバック(-) | CM(0)

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