癇癪 。 

あたしが 大嫌いな
あたしの 一部分 。
まあ 泣きたい衝動に
沈められたときに
涙を抑える力が 小さいのと
多分 似た様な 原理なのだろうね 。

・・・こういうとこ
あたし 嫌い・・・
自分のこと 嫌いだなぁ・・・
だけど うまく 制御できないの 。

だってさ 大抵
ほんっとーに
どうでもいいことばっかりなんだよ 。
ちっさくて つまんないこと 。

心が狭い というよりも
あたしの 行動は
他の人よりも
『心と直結していて
 心が即座に
 行動に 反映されてしまう
 そして 其れを制御できない』
っていうことだと 感じている 。

何故ならば あたしは
その 爆発してしまうきっかけが
些細なものなのだと
『感じている』から 。

自ら 『感じている』から 。
心が狭いってことならば
『それは 些細な事ではない』
あたしは きっと
思い込んでいると思うのだ 。

あたしは 些細な其のきっかけを
些細な事と 認識しながら
その 些細な事に
即時的に反応する 自分の心に
対処できず
『馬鹿らしいと感じる心も
 片隅に感じながら
 それでも 衝動に流される 。』

・・・何故?
最近 少し 探っている 。
其の反応のどこかに
あたしの 重大な 問題点が
隠されているような気がするから 。

そして
あたしは 其れを
どうにかして 攻略したいのです 。

癇癪を 起す前に
感情を一度 脳味噌を通して
見返してみる力が 欲しいから 。
叶えたいな 。



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[2009/06/07 15:37] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

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