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体の内と外

   

傍目には
何も表現しないような人が
何も考えていない訳ではない

それはとても
当たり前のことだけど
時たま
忘れてしまいそうになる

あたし自身は
内側の状態や思考が
あからさまに
駄々漏れしてしまいがちでは
あるけれども

それでもやっぱり
『何にもなさそうだけど
ある』部分だって
多少は ある

そんなことを 考えたとき
あたしが
本人という立場から
内側から
自分自身を
眺めたときの 姿と
他者があたしを 外側から
眺めたときの 姿には

どれだけの差違が
あることだろう と考える

同様に
目の前で笑っている誰かの
外側に表現されない範囲の
内側の事象は
決して あたしには
解らないのだ と 考える

仕事帰り 周囲を
たくさんの人が
通り過ぎていくのをみて

あたしは
こんなにたくさんの
人たちの中に居ながら
そのうちの
誰か一人の 内側すら
表現されない範囲は
覗き込むこともできず
あたしの内側は
あたしの肌にせき止められて
ありのままのすべてを
外側に
放り出すことはできない

それは 淋しくもあり
しかし 安堵する部分もある
決して 良いとも 悪いとも
定めるべきものではなく

『それはそれで
仕方のないものなのだ
こういうシステムなんだ』
とか 考える

人と人 っていうのは
自分の内側と
外側っていうのは
そういう システムなのだ と
あたしは 他者の内側を
直接 鑑賞することは
できやしないから
他者の内側に関しては
『わかったつもりには
ならないようにしよう』
と 思う

あたしの 内側は
到底 外側から
簡単に 覗き込める
場所にはないから
『わかって欲しいならば
わかって欲しい内容を
積極的に
表現してみるしかない』
と 思う

そして
自分の内側を
表現することを
怠りながら
『わかってもらえない(泣)』
なんて
詰まらない駄々は
コネないようにしよう
と 思う

徒然 ですよ


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