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意識を向ける方向 

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[2019/06/30 23:44] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | コメント(-)

全部世界? 

寝過ぎちゃったせいかなあ、頭が痛くて。
なんにもしたくなかったのに、
洗い物しなくちゃいけなくて、洗い物してたら、
頭痛いの落ち着いてきました。

雨、降ってるね。
梅雨だもんね、仕方ないね。
梅雨が憂鬱だなって思うときは、
『水不足になったら困るからね、仕方ないよね。』
って考えてる。

あたしにとって憂鬱なものが、
それでも世界を支えてる。
社会を、人間を、支えてる。

あたしが憂鬱なのも、蝸牛や蛞蝓が大喜び(多分)なのも、
洗濯物が乾きにくいのも、お米が美味しく育つのも、
全部世界そのものなんだよね。

あたしが苦手だったり、怖かったりする、
あれやこれやも、そうなのかなあ。

どうなのかな?

遊んじゃうこと 

こっそり遊んじゃうこと。

柱を守るための、
低い防御壁みたいなやつに上って平均台にしてみる。

車輪のついた椅子で、
8の字を描いてくるくる回ってみる。

手に届きそうでとどかない、
吊り下げ看板みたいなやつに、
ジャンプして触れてみる。

裏返しで上下逆になったチラシを、そのままの形で、
なんとか解読する。

とかついやっちゃって、
周りの目は当たり前に多分冷たいんだけど、
でもあたしは、恥ずかしいよりも楽しくて、
楽しいことの方が大切で、

平均台遊びでは、その上を駆け抜けたり、片足立ちとか、
できるようになりたいし、

車輪のついた椅子では、
もっと軽やかに、滑らかに綺麗に回りたいし、
前後の切り替えとか、緩急とか思いのままにできたら、
なんだか楽しいだろうなと思う。

周りからは変に見えるだろうなって気持ちは、多分あるけど、
少し哀しい気持ちで、
もうどうでもいいかなって考える。




『皆一緒が大好き』なひととは、
どうせ、仲良くできないもの。
どうせ、どうしたって浮いちゃうもの。
どうせ。

どうせ、あたしの周りには、
それでも仲良くしてくれる人しか、
もう残っていないもの。

だからもうあたし、
何も失ったりしないもの。
もうすでに、
どうしようもなく恥ずかしい人だもの。

頑張ったって、
無理に誰かに好かれたりなんてできないなら、
馴染む、なんてできないなら、
あたし、勝手にひとりで、
楽しんでる方がマシなんじゃないかって、思う。

グラウンド 

朝から、公園のグラウンドでぼんやり。

公園にグラウンドがあるっていいよね、
いまは遊び場が減ってるって言うし。

あたしは何かして遊ぶわけでもないけど、
解放感が心地良い。

バイトの休憩時間や、バイト前に早く着いたときに、
建物の外に出るのは良いよ。
周りが同じ仕事場のひとたち
ばかりじゃないところがいい。

頭の中が、少し自由になる気がする。

自然にしてても、自由でいられる感じ。



恥ずかしい話だけど、
バイト先の建物の中に居ると、
不自然に自由であろうとしちゃうのよね。

不自然に自由であろうとしちゃうから、
不自然なことをしちゃう。
なんか遊んじゃう。

遊んじゃわないと、無理矢理自由でいないと、
なんか違うんだよね、ちょっと苦しくなる。

だからどこかに遊びを、どこかにゲームを、
あたしの中だけで、こそっと作る。

別に隠さないけどね。
でも大体一緒にやってくれるひととかいないから、
こっそりは、こっそりのまんま。



グラウンド、雨降ってきちゃったから建物に入ったよ。
入っただけでも、ちょっと憂鬱。

知らないひとの視線とか、温度とか、
別に気にしなくて良いし、『気にする』訳じゃないけど、

『気になる』

何をされるわけでもなくても、『気になる』

そして疲れる。

[2019/06/28 08:20] 日常的な徒然 | TB(0) | CM(0)

挨拶、挨拶? 

誰かが嫌いな誰かについて話すとき、
相手の悪い態度についてや、
自分が相手を如何に嫌いかを表現する形で、
『●●さんは私に挨拶もしない。』
『私は●●にはもう挨拶もしてない。』
という言葉を聞くことがある。

そんなときに、ふわっと思うんだけど、
挨拶って、そこまで最低限かなあ?指標になるんかなあ?

もちろん、基本的には、
するには越したこと無いし、
敢えての無視とか、
相手が自分にしてくれたのに自分はしないとか、
ちょっと悪意の見える反応は、
あまりしないほうがいいけれど。

でも、ぼんやり歩いてて気づかないこととか、
別のことで頭がいっぱいだったりすることもあるし、
例えば1日に何度もすれ違うとかの場合、
何回挨拶すればいいのかよくわからないし、
すれ違うたびに挨拶しても、相手を困らせるような気もする。



あと、特に、
『●●さんは私に挨拶もしない。』
の方の言葉を言うひとなんだけど、
そのひと自体、相手に挨拶してない。
その上、自分がしないのを、相手の態度のせいにする。
相手が嫌なことをするからしない、とか、
相手が自分にしないからしない、とか。

挨拶って、どちらか片方から発しないと起こらない。
そして、その責任?は、双方同じ重さだと思う。
だから、
自分が一生懸命相手に働きかけているとかではない限り、
其処に挨拶が生まれないのを、
相手の責任にするのはおかしいと思う。

そんなに挨拶したいなら、自分から挨拶すればいい。
(でも、そんな関係の相手とは、
大概そんなに挨拶したくもないと思う。
なら別にしなくてもいいんじゃない?
相手も多分そうじゃない?)



自分が挨拶してるのに、
相手が返してくれないとか、
それは別の話だけどね。

というか、その話をするなら、
『挨拶』が主題ではなく、
『無視』の話になるのかなあ。

あたしは、無視は嫌いだからしないよ。
された挨拶は必ず返すし、
別のことでも無視をすることはないよ。

柔らかい表情や、目をしっかり合わせるとか、
そこまで考えを回さないことはあるけど、
ぶっきらぼうでも、必ず答える。

ぼそっ、、、て感じだったりはするけど。

久しぶりの爆撃 

四本目の親不知を抜きました。

抜いたのは月曜日で、
未だに抗生物質飲んでますが、
まだ痛いです。

ロキソニンがおともだち。

首に貼った熱さまシートが、
とても気持ちいい、、、✴️




今日は、久しぶりに恐い夢をたくさん見ました。
爆撃の夢は久しぶりでした。

爆撃の中、四人くらいのお友達と逃げてたんだけど、
いつの間にかひとりになっていて、
ひとりになってしまってから、
『ひとりになるって、あたし知ってた。』
って思う夢です。

一緒に逃げる友達が誰もいなくなるだけじゃなくて、
町中、気付いたら誰もいないのでした。
爆撃だけが延々と続いて、あたし以外誰もいなくて、
『あたしはこうなることを知ってた。』
っていう夢。

汗をかいて目を覚まして、
身体がとても重かった。




今日はどんな夢見るのかな。
おやすみなさい。
[2019/06/27 00:05] | TB(0) | CM(0)

なみだひとつ 

なにがあったって訳でもないのに、
なんだかわけわかんないくらい、
苦しい気持ちでバイトから帰宅して、
もう続けらんないような、
追い詰められ感に沈んでいたのに、

なにがあったって訳でもないのに、
ポロポロ溢れてきたなみだひとつで、
あっさり浄化されてしまった。



あの苦しい感じは、なんだったんだろう?
浄化されてしまったいまになっては、
もう解らないんだ。

『身体に溜まった何かを、流し出したい』

他にはなんにもなくて、
ただそれだけなのかしら?
身体がそう訴えて、
心がそれを感じ取ったのかしら?

怖い 怖くない 

なんにも、いやなことをされてないのに、
怖いと感じるひとがいる。

とくに、深く親しいわけじゃないのに、
いつ会っても怖いと感じないひとがいる。



魅力的だとかそういうのとは違う。
フレンドリーかどうかに関して言うと、
怖いと感じている相手の方がフレンドリーで、
怖くないと感じているひとのほうが、寡黙だ。

あたしは何を以て、相手を怖がったり、
怖がらなかったりするんだろう?

なついたり、
敬遠したりするんだろう?

そして、それはどうして?

357ヒント 



ひとりじゃないってことが、嬉しく思えるなら、
それは、ひとに恵まれてるってことで、
幸せなことだと思うの。

今日はあたし、そう思えたから、
きっと幸せなんだなあ。

ひとりじゃなにもできない、でも、
きみはなんだってできる。

ってことは、ひとりじゃないってことでしょ?

ひとの言葉の扱い方 

あたしは、何故?を考えることには慣れているけど、
具体的にひとと関わったり、助言を受け入れたり、
相手の言葉を自分の中に素直に流し込むことには、
慣れていないな、と思った。

『自分の枠を越えない思索、試行錯誤。』

『他者の温度や他者の視点からの景色の伝聞。』
は、全く別物で、
恐らく扱い方の技能はまるっきり違うんだ。

その上、他者のものを受け取るためには、
あたしの持つフィルターを、通さなくてはならない。
警戒心のフィルター、世界観のフィルター、
他者というものそれそのものに対するフィルター。

たくさんのフィルターを通して自分の中に取り込んで、
其れの咀嚼、解釈を経て、
ようやく考えることができるようになる。

そのために、やたら時間がかかるし、
その癖知りたいことに関しては、
あたしはやたらせっかちだったりする。

そしてそれは、時々とても不便で落ち着かない。



不思議なのは、
他の人はそこまでではないような気がすることだ。

彼らは、どうしてあんなふうで、
あたしは、どうしてこんなふうなんだろう?