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ふりだし。 

自分で言うのもなんですが、
昔、書き物しまくってたころは、
此処、だいぶ賑やかだったんです。

慰めあったり、喧嘩したり、
いろんなひとに、出会ったり別れたり、
いろんなことがありました。



もう、ほとんど誰も見ない場所になって、
今、書き物を始めた頃を思い出しています。

多分、その書き物は、此処をはじめるさらに前で、
多分、2004年とか、
その前年とかだったと思うけど。

なんというか、言いたいことはひとつでね。
あのときだって、
あたしは、ひとりだったってこと。



哀しいんじゃなくて、なんというか。
基本、って多分そうなんだと思うんだ。

人間の基本って、やっぱり、ひとりなの。
ひとりからの、スタートなの。

あたしもあなたも、ほかの誰かも、
きっと、しっかり一人で立っていることが基本で、

しっかり立っている人間同士が、
一人でも立てるけれど、
『一緒が楽しいから』手を繋ぐの。

一人だと駄目だから、一緒にいるんじゃなくて、
一人でも大丈夫だけど、一緒にいるのが楽しいから、
一緒にいるのがうれしいから、手を繋ぐの。

きっと、それが基本なのかなって、
今、これを書きながら、なんとなく考えてる。



振り出しに戻ったのかもしれないな、って。
書き物にしても、ほかの何にしても。

誰の目も気にしなくていいことは、
ある意味、ひとつの開放でもあるから。
あたしは今、今だからこそできるやり方で、
いろんなことしてみようかなって、思っていたりします。
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[2018/06/17 16:53] 感覚的な徒然 | トラックバック(-) | CM(0)

さよならをきめるのは 

多分 当たり前のことなんだけど

AさんとBさんがいたとして、
Bさんが、Aさんと関わるのを、
やめたいって思ったとしたら、
その人間関係はもう、駄目なんだよ。

いつだって、人間関係の行き先は、
NO』って決めたほうが、決めるの。

バレンタインで、女の子が告白しても、
男の子がNOを出せば、そこで終わりだし
恋人同士じゃないからこその、
ストーカーやセクハラなのだし。

NO』を決めたら、おしまい。
それがあたしでも、あなたでも、同じ。
『どちらかが』決めたらもう、終わりなんだよ。



あたしは、元々、
とある障害と診断されていたこともあって、
(今はもうすっかり、その診断基準を満たしません)

『見捨てられ不安』や、『しがみつき』には、
とても気をつけている。

やらないように、やらないように、
相手の負担にならないように。



だから、たとえばの話、
あたしが、あなたと関わり続けたいと思っても、
あなたがそうじゃないなら、
あたしはあっさり手を離す。

哀しくても、苦しくても、淋しくても、
仕方ない、仕方ない、仕方ないって、
言い聞かせて、あっさり手を離す。

それは、どうでもいいからとかじゃないし、
あたしが、強いからなわけでもない。

勘違いしないでね。

あたし、結構人に愛着を持つよ。
あたしのlikeは、結構強いよ。
淋しさや喪失感で、ぼろぼろ泣いちゃったり、
しばらく引きずっちゃうことだってあるよ。



それでも、それでもね、
どちらかが『NO』って言ったら、
もう駄目だから、しがみつかない。

しがみつかないよ。
[2018/06/17 16:02] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

バリアを張る。輪郭を守る。 

『心にバリアを張る』
『心の輪郭を守る』

言葉の意味としては、
割と近いと思うのだけど、

なんだか、あたしは、『バリアを張る』
の方は使いにくくて、『輪郭を守る』
の方が使いやすい。

『輪郭を守る』なら平気なのに、
『バリアを張る』の方を使おうとすると
やっぱりなんだかざわざわしちゃって。

というか、使ってみたら、
そのあとちょっとだけ凹んじゃって。

同じような言葉なのに、
どうしてなのかなあ、って考えてた。



、、、『バリアを張る』も『輪郭を守る』も、
言葉そのものとしては、
何かしらの攻撃や災害なんかを、
前提とする言葉なんだよね。

どっちも、そうなんだけど、
目線の向き、みたいなものが違う、気がする。
気のせいかもしれないけど。



『バリアを張る』は、自分の外を見ている。
誰かが(例えばあなたや、そのひとや、あのひとや、、、、)
攻撃してくるかもしれないって、見てる。
怯えて、警戒して、じーっと見てる。

手をばってんにして見せ付けながら、
硬くて険しい、攻撃的な表情で。



『輪郭を守る』は、違うんだ、なんだか。

自分の内側を見ている感じがするの。
自分の内側の、
大事な何かを、見ている感じ。
そこには、険しさも、攻撃性もない。



、、、ように見える、見かけ上。
見かけ上、ね。
視線の向きが、そこを向いていないから。

『「何から」守るの?』って自問自答すれば、
明らかになっちゃうのにね。

本当は、険しさも攻撃性もあるのに、
見ていないから、誤魔化されてしまう。

誤魔化されてしまってるだけじゃないかと、
あたしは思う、、、



本当は、同じなんじゃないかな?
どうなのかな?

わかんないんだ。
たまにさ、頭ではわかってない何かを、
無意識?心?の方では、
理解していたりするから。

『バリアを張る』『輪郭を守る』・・・
もう少し、頭の中でくるくる回してみます。

[2018/06/17 16:00] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)