お菓子と困惑 

そういえば 昨日
ちょっと困惑した出来事があった。

あたしは ちょっと人気のある人と
二人でいたのだけど
その時 あたしと一緒にいる人のことが
きっと大好きだろうひとがきて
お菓子をくれた。2つ。

あたしは なんか
どうしていいかわからなかった。

くれたのは2つだけど
その2つとも 一緒にいたひとが
受けとるべきな感じがした。

でも 一緒にいるひとは
『2つくれたんだからいいんだよ』
って言う。

結局1つずつ食べたけど
あたしの中には
なんだか罪悪感が 回ってた。

頑なに
『あたしあてではないから』って言って
一緒にいたひとに渡すことも
あたしはできなかった。

それは あたしが
どう考えた結果であっても
『表層』では『あたしからの拒絶』に
なりうる と思ったから。

拒絶してない相手に
それっぽいものを
突きつけたくないから。



正直なところ その人気者さんにあげたいなら
二人っきりのときに あげたらいいのに
と あたしは思った。

あたしが 馬鹿だからかもしれないけど
あたしは 困ってしまったから。

恋愛感情かどうかは 別としても
くれたひとが 人気者さんのことを
気に入ってることは 明らかなことだったし。

お菓子は美味しかったけれど
『自分にくれたかどうかわからない貰ったもの』を
食べるのは 変な感じがした。

二人っきりで話せないような
関係ではないってことも あたしは知っていたから
『其処にあたしがいる』ってことが
必須だったってわけではないって判ってるし。

ああ なんか
難しい ほんと 。
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[2013/09/26 13:37] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

冗談。 

あたしが
困ってしまいがちなことのひとつに
冗談 がある 。

何が 困ってしまいがちって
なんだか とても複雑だと
感じてしまいがちだから 。

例えば まあ 冗談を本気に捉えて
過剰に反応してしまうとか
そういうことは 基本として 。

相手に慣れれば 冗談を冗談として
受け止めるように
できるようにもなってきたり
流し方も 判ってきたりもするけど 。

今回 気になってるのは
・・・あたし自身が 冗談を言ってみようと
言ってみたときには
『冗談で言っていいことと悪いことがある』
とかいって へし折られちゃうことが
よくあることのほうだ 。

そして さらに複雑なのは
『冗談で言っていいことと悪いことがある』
って言う言葉そのものが
冗談であることも あるっていうことだ 。

なんだかもう そんなんじゃ
『冗談って なに?』
って感じになってくる 。

『相手がいいように 冗談だって言ってごまかして
 あたしも そのやり方が
 うまくなればいいってことなのか?
 ごまかし方が?』
って ひねくれたくなってくる 。



でも それも早計な気がするので
冗談の辞書的意味を 確認してみる 。

1 遊びでいう言葉。ふざけた内容の話。「―を交わす」「―を真に受ける」
2 たわむれにすること。また、そのさま。いたずら。「―が過ぎる」

・・・困ったね 。
あたしの知りたいことが まったく入ってない 。

(・・・って 此処の記事にも
 あたしの知りたいことの雰囲気が
 少しでも反映されているか疑問だけど)

つまり なんなの? 冗談って 。
ある人が
『それは冗談だ』って言ったとき
『それ』の内容は 本当なの?嘘なの?




*1*

躓きポイント その1

・・・うーん なんて言えばいいんだろう
あたし自身 あたしの気になることが
きちんと 言葉にできる自信があまりないのだけど

例えば ここ数年間誰にも
言われることはなくなってるけど

冗談で言われる『死ね』が
『現実的な死を 求められている』
って言うわけではないってことは
なんとなく 判ってるつもりだよ 。

(其処からもしかしたら
 間違っているかもしれないけど)

でも なんていうか
厳密にリアルな ダイレクトな其れ ではなくても
『いなくなってくれたらいいのに』
『こいつきらい』
とかさ そういう意味は
持ち合わせているのかな?

っていう感じの 疑問 。

どういう範囲で 嘘で
どういう範囲で 本当なのか

うまくいえないけれど そういうレベルで
あたしは よく躓く 。



むしろ 其れを狙うための
冗談 なんだろうか?
冗談って言っておけば 『嘘か本当か』を
ぼやけたままにしておけるから?

それとも ぼやけたままになるのは
あたしのあたまがわるいから?



*2*

躓きポイント その2

だまされてる感がある 。

・・・ちょっとした 
暴言を吐いてしまったときに
言ったときは 本気だったとしても
『あれは 冗談だ』
って言えば
そうじゃなかったことにできる 。

(実際にあたしも
 そういう使い方ができるようになってきた)

そういう使い方ができるってことは
『あれは冗談だ』
って言う言葉って 信憑性がまったくないって
そんな感じがする 。

(実際のところ コミュニケーションって
 『表層の解釈のしあい』って
 感じになっちゃうから
 そんなあやふやなものの 信憑性って言っても
 意味があるようなないような
 って感じなんだけど)



『冗談じゃない』
『あれは冗談だ』
『冗談で言っていいことと悪いことがある』

これらの 言葉たちの
内容の不確かさ そして
なんともいえない 圧力といったら!

そう あやふやなくせに
ものすごく 強い力を感じる
・・・相手を黙らせ得る言葉な感じがする 。

あたしなら 黙っちゃう 。
なんだかわからないままに
自分の中に もやもやを残して
それでも 黙り込んじゃうか
わかんないまま カッとなってしまいそうだ 。





うん なんなんだ 冗談って 。

意味はわからなくても
使い方だけ覚えて
利用すればいい類なんだろうか?
[2013/09/26 13:30] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

表層にて。 

表層だけでつながる
人と人との間で
頼りにできるのは

似たような経験や
教科書的な何かから 得たような
何かしらの 学びと

脳みその構造が あまり
遠くないだろう っていう
希望的観測に基づいた予想と

ダイレクトな言葉

そういうものたちなんだろう



あたしは 特に
言葉に頼ることが多い気がする

なんていうか あたし
言葉ひとつで 人を
好きになったり 嫌いになったり
できちゃう部分がある

だけど 昨日 ぼんやり
『言葉って 其処まで
 当てにするに足るものなんだろうか?』
って 考えて わからなくなってた



あたしは 最近 バイト先で
ある人が大嫌いになった

それは そのひとが
あたしが言われていやなことを言ったり

あたしにとって 許せないレベル・・
どうしようもなく 雑に
言葉を扱ったりするので
あたしが苦しくなったからだ

(一番 嫌だったのは そのひとが
 『私謙虚だから・・』
 というようなことを言ったことかな・・
 ちっとも
 褒めるような流れでもなかったのだけど・・

 あたしは
 『自分自身を謙虚だなんていう人間は
  どうしようもなく図々しいよ!』
 って思ったけど 黙ってた

 あたしの中では 謙虚 なんて言葉は
 自分自身をさして使う言葉ではないし
 びっくりしたし
 ひどく嫌悪感を感じた)

でも 多分 行動としては
基本的に 普通の頑張り屋さんではあるのよね

(『あたし謙虚だから』って言って
 あたしは すごくもやもやしたり
 あたしの 外見
 具体的には『クマ酷いけど大丈夫ですか?』とか
 よく言われて あたしは嫌だったとか
 やたら 上から目線だとか
 (年下で後輩だけど
  他人諭すように『正論だと本人が思っていること』を
  押し付けてきたりするけどね!))



実際のところ あたしは
その人が ただ単に
言葉の扱い方が下手だっただけ だとしたって
人として合わない気がするから
そんなに 仲良くしようとは
思わないんだけど

それでも 我ながら
『言葉に踊らされすぎではある』
って 思ってはいる

言葉以外の バイトでの姿勢では
正直 取り立ててどうってことは
何にもないのに

此処まで どうしようもなく
大嫌いだって言うのは・・



クマのことは まあ
確かにあたしにはあるし
眠れないのかなって
心配されただけだったり

謙虚 だって
自信がない とか 潔癖だ
って言う言葉の類義語のつもりで
使ったのかもしれない とか
好意的な解釈はできる



・・・で?

でも ここまで考えたところで
また わかんなくなる

あたしが 言葉を頼りにしすぎる
別の言葉で言うと 踊らされている
のだと仮定して

それを 止めたほうがいいのだとしても
それなら 何をどう 頼ればいいの?

そして それって
簡単にできることなの?
[2013/09/26 12:18] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

表層 

自分がぐるぐる考え事してるときに

『あたしの内側だけでも
こんなに喧しいのに
(周りのひとたちを眺めて)
あのひとの中にも このひとの中にも
きっと 同じくらいの喧しさが
渦を巻いている』
とか考えると

周りのひとたち 一人一人の顔が
ブラックホールみたいに見えてきて
とても怖い。

怖いけど
定期的に考えることにしてる。

なんとなく
そうしなくちゃいけない気がして。

怖いことが つらいけれど
怖いことを忘れることは
それよりずっとずっと怖い というか。

グラグラ揺れる足下は怖さはつらいけど
怖さを忘れて跳び跳ねるよりは
おっかなびっくり歩いた方が
マシというか。

あたしの中にある渦が
一人一人の中にあるのは
確認のしようもないけど
きっと事実なんだと思うもの。

でも あたしは普段
それはあたしの中にしかないって
錯覚に囚われながら
人や世界の表層だけを
眺めて過ごしてる。

表層だけ。
[2013/09/26 10:08] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

きれいごと かきました 。 

うん さっきの記事が きれいごとだなーって 。

自分でも あからさまに
解るくらい きれいごとで
自分の 肉と皮の間がざわざわするくらい
本当は気持ち悪い 。

うーん



だって あたしには 出来ないもの 。
そもそも 放置すべきときと
積極的に構うべきときの 区別すら
少なくとも あたしには
簡単ではないもの 。

『少なくともあたしには』っていうのは
ほかの人にとっては 簡単だとか
そういうことを言いたかったのではなくて 。
簡単なのか 難しいのかも解らなかったから
あたしだけに 限定したのよ 。



あたし自身が
構ってちゃんになってるときだって
そのことを いつも自覚してるって
わけじゃない 。

むしろ 迷惑だとか 不愉快だって
解っているのだから
もし 自覚できて かつ
自己制御が利くような場合なら
即効で やめますよ うん 。



それにさ そうそう
人とうまく関われない上に
簡単に 人が怖くなっちゃって
逃げ出しちゃう癖のあるあたしに

前記事に書いたような
器用なやり方が そうそうできるはずも無く 。
自分に出来ないのに提案してみるとか
生意気にもほどがあるわ 。



だってあたし
へんな絡み方されたら 逃げるもん!
そりゃあもう 即効で!全速力で!

うん あたし
そういう生き物だもん 。。
[2013/09/20 17:05] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

かまってちゃんについて。 

昔から あったけど
最近 また気になりだした 言葉 。

かまってちゃん

言葉自体の説明は
適当に調べれば出てくるので
それは それとして 。



あたしが 思うのは
そういうひとを 変に叩いたり
馬鹿にして 嗤うんじゃなくて

そういう人が そういう状態になって
『また始まった』とか 思ったら
其処で 放置しときゃいいのに ってこと

そんで そういうひとが
そういう状態じゃないときに
そういうことではない
もっと 適応的で 楽しめるような
そして 双方楽しめるような形で 。

いっぱいいっぱい
構ってあげればいいのに

っていうこと 。



あたしの 主観だけどさ
そういう人って
人との関わり方がわからなくって

でも 何とか 関わりたくって
試行錯誤して 苦しくなって
それでも 淋しいから 哀しいから って

暴走してる状態
なんじゃないかなあ ってさ 。



そんな中で 苦しそうな様子を見せたら
相手を侮蔑する言葉を 吐いてみたら
形はどうあれ 人が 関わってくれたとしてさ
そしたらさ 癖になっちゃうじゃない 。

それが 客観的に 社会的に見て
不適応な形であっても
やっぱり そうなっちゃうじゃない 。

その 関わりへの飢えが
切実であればあるほど
そうなっちゃうじゃない 。



構ってほしいと 思うこと自体はさ
ちっとも おかしいことではないと
あたしは 思うんだ 。

ひとの 本能的なレベルで
そういうものは あるのだと 思うの 。

其れは 赤ちゃんが
ミルクを求めるっていうこととか
お母さんからの ハグを求めるとか
そういう 基本的な欲求と
密接につながった
・・・そんな 何かだと思うの 。

構ってほしい 認めてほしい
受け入れてほしい 愛してほしい

そういうのは あることが多数派で
無ければ 逆に 病名とか障害名とか
そういうの 付けられちゃうような
そういうものでしょう ?



でも かまってちゃんは 迷惑 。
もちろん 不愉快 。

かまってほしい っていう感情は
多分 正しいも 間違いも無く
ただただ 自然なものだけど

それでも やっぱり
迷惑は迷惑で 不愉快は不愉快 。



感情は 自然で
でも 言動に移したら
迷惑や 不愉快に繋がってしまう 。

どうしてそうなっちゃうの? って
多分 表現の仕方とか やり方とか
こういう言い方は 乱暴かもだけど
割と 小手先の部分で
間違えているからだと思う 。



それで どうしたらいいんだろうって さ
きっと もっと 適応的で
安心感のある 関わり方を
覚えられたら きっといいんじゃないかなあ・・

感情そのものは 無理に変えなくても
小手先だけ 変えていければ 。

迷惑でも 不愉快でもない
『構い合い』の
仕方さえ 覚えられたら 。



そこで あたしが提案したいのが
↑でも書いたこと 。

『そういうひとを 変に叩いたり
 馬鹿にして 嗤うんじゃなくて

 そういう人が そういう状態になって
 『また始まった』とか 思ったら
 其処で 放置しときゃいいのに ってこと

 そんで そういうひとが
 そういう状態じゃないときに
 そういうことではない
 もっと 適応的で 楽しめるような
 そして 双方楽しめるような形で 。

 いっぱいいっぱい
 構ってあげればいいのに 』

っていうこと だったり 。。



不愉快で 迷惑な関わり方ではない
別の形での 適応的な関わり方って
そういう風にして
覚えていけるような気がして 。

・・・どうなんだろ
難しいのかな?

甘く考えすぎなのかな 。
周辺のひとに そこまで求めるのは
やりすぎなのかな 。



なんていうかね

あたしの中にも
痛い 構ってちゃんの部分
多分・・てか 確実に
あるんだわ 。

そんで それが
とても迷惑ってことも
不毛だってことも 解っていて

その上でも やっぱり
解決し切れてない 部分もある 。

だから 構ってちゃん罵倒は
正直 耳も心も それなりに痛くてさ 。

でも 同時に
別の構ってちゃんに執着されたら
今のあたしは 耐え切れずに
その関係を ぶっ壊して
逃げるだろうなって 思ってる 。

どっちの味方にも敵にもなれない
中途半端な位置に あたしはいる 。



だからこそ 考えちゃう 。
なんかこう 揺れちゃう 。

なんだかね 。

ね 。



[2013/09/20 16:29] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

あえての。 

空っぽを感じたくって
仕方なくなることが増えた 。

一人を感じたくって
仕方なくなることが増えた 。



昔は いつも 何処か空っぽで
同時に とても喧しくて
そのどちらからも
逃れたくて仕方なかったのに

此処数年 そんな感じが
だいぶ減ってしまって
なんだかとても 懐かしくて 。



それでも 最近
ネカフェとかに引きこもって
一人で書き物をする時間なんかを
持ち始めてからは

その感覚が ふわっと
あたしの中に戻ってくることが
少しづつ 増えてきて

実際に 書き物してるときは勿論のこと
掃除してるとき 洗い物をしてるとき
小さく横切る それを感じて

それが なんだか
とても愛しくて



昔 怖くて 痛くて
苦しくて堪らなくて

逃れるように 吐き出した
そんなものたちが



遠くなって 見えなくなりそうで
でも そんな時になってあたし
もう一度 触れたくて じたばたしてる 。

同じものじゃなくていい
今のあたしの それでいいから 。
[2013/09/20 12:35] 感覚的な徒然 | トラックバック(-) | CM(0)

09/19のツイートまとめ 

hatenatsuki

なるほど お月見の日なのか。
09-19 18:34


[2013/09/20 03:19] twitter | トラックバック(-) | CM(0)

09/18のツイートまとめ 

hatenatsuki

@kitaro_F_yu 静かなひとがきてみたよ★
09-18 22:48

@undertheTreee おぉ...んまそうっ
09-18 22:49

TL...24時間分くらい 一気に読んだ。
09-18 22:50

リアルでも ひとと話しやすくなってきたり...呟く場所が増えたりすると 一つ一つが疎かになる...ってところ。気恥ずかしくて 連携外しちゃったし...。
09-18 22:56


[2013/09/19 03:19] twitter | トラックバック(-) | CM(0)

ポケットのなかの... 

あたしの服の ポケットには
穴があいていて。

その穴は そら
(こどものかみさまが
住んでるところ)
に 繋がっていて。

現実で すごく 苦しいときには
あたしは あたしを千切って
あたしの欠片を ポケットに突っ込む。

そしたら あたしの欠片は
その穴を通って
そらに 逃げることができる。



あたしの ほとんどは
此処に残っていても
感じるこころ を 欠片に預ければ
怖いことも苦しいことも何もない。

こころは 逃がす。
ポケットの穴から。

そらに 逃がす。
そして こどものかみさまに
あいにいって
くもを丸めて 放り投げて
一緒に遊ぶんだ。



っていう空想を
昼間にずっとしていたのだけど。
『大して苦しくもないはずの現実で
あたしは どんだけ逃げたいの?
どんだけ臆病な甘ったれなの?
いい加減にしろよ』
っていう 自責が始まって
泣きたくなった。

逃げたくなるほどの
何があるっていうの?



逃げ癖があるのは 自覚してる。

少し苦しくなると すぐ
現実的な対処を諦めて
頭に歌を流して 映像を流して
現実のすぐ隣に
即席のワンダーランドを作っては
出掛けてしまう。

いろんなものを置き去りにして。



ひとにも 自分自身にも
迷惑をかけない方法として
多分 自分で選んでそうしてる。

より苦しいときは
ワンダーランドの
景色を 色を 匂いを 音楽を
より明確にイメージすればするほど
現実が怖くなくなる。

ストーリーまでイメージできるとき
現実のあたしは ほぼ脱け殻だ。
[2013/09/08 03:37] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)