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闘わないで 。 

あたしみたいに 社会で生きるのに
不利な部分が 沢山ある人間は
どうしても 社会や 会社に対して
『 社会VS自分 』
にってかんじで
社会 って言うものに対して
警戒して 挑みがちだ 。

あたしと
あたしの同じようなサイドに
居る人との 会話では
そんな流れが 当たり前みたいに
続いていくんだけど

この間 そうではない人(?)と
そういう話をしたときに
『 どうして 社会VS自分なのか 』
『 社会と協力してやっていく方法を
  探す事はないのか 』
そういう 返答が返ってきて
とても 新鮮だった 。

そう 其の通り
あたしは 大抵 戦闘体制で
警戒心 バリバリで 。

自分の 少し変わってる部分を
必死こいて 隠しながら
変なところなんか 全くない
平凡すぎるくらい 普通な人を
目指している 。

可笑しな部分を 表面化したら
もう 要らなくなってしまうような
そんな気がするから 。

そうするようになったのは
あたしなりの 理由があったから 。

変な部分を出す事で 解雇されたり
苛められたりしてしまうことが
普通にあったから 。

だけど・・そういえば
闘わないで 純粋に頑張るとか
直向に 自分のままで
本当に 会社のことを思って
自分のせいいっぱいをする とか
少し 試してみたい気もして 。

今現在 挑戦している
途中だったりする 。

あたしはこの職場で
いろんな 変な部分を露呈して
それでも 受け入れられてる事実が
確かにあって
あたしも 段々と 気持ちを
緩める事ができている
事実もあるから 。

何処まで やるかは
まだ 謎なんだ 。

ゆっくり いろいろ試しながら
他者の反応と 自分の心の反応を
確認しているの 。

そのうち 自分にとって 心地よい
他者や 会社との距離を
見つけていこうと思ってるから 。

闘わないって どういうこと?
まだ 探してるよ 。

社会と協力
試してみるよ 。

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[2009/05/26 16:22] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

めのみえないひと 

職場より 帰宅途中
杖を持った
目が不自由だと思われる人に
出会った

だいじょぶかなって思って
もし 必要があれば
手助けしようと思って
少しの間 歩きながら
見ていたけれど

その人は きちんと
自分のいくべき方向を
把握しているようで

杖で 上手に
道の状態を確認しながら
何かに衝突することもなく
駅のホームに
向かっていた

あたしは
いまこの人には
何の手助けも要らないのだと
理解して

あたしはあたしの
帰途についた

それを見ていたあたしは
当たり前のことなのだが
『一つの障害が必ずしも
その人の全てを
支配するわけではない』
そんなことを
考えていた

障害に限らずとも
極度に不器用な
あたし自身の性質や
気持ちの ぶれやすさ
確実に感じる
他者とのズレ

そんなものたちも
きっと そうなのだと

それは 小さな不自由だけど
方法を探れば
あたしは それに
振り回されない 方法や
逆に
抱きしめて笑える位の何かに
変えてしまえる方法が
あるのかもしれないと

探していくよ
自分の 性質のような
そんな 部分たち
憎んで 恨んで
殺したい気持ちで
つきあっていくなんて
哀しすぎるもの

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