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歌う 

明日の 職場の忘年会
精一杯 歌ってきます

一度 表現を
投げ出したあたしなのに
というか
投げ出した
あたしだからこそ

投げ出すのが
どういうことなのか
そして
投げ出さないで
表現できた時
その先に 迎える何かを
知りたいから

投げ出した
自分自身を
より深く
見つめたいから

表現するということを
もっときちんと
考えたいから

『羽天菜さんにとって
表現するということは?』
聞かれて

うまく答えられないのは
あたしの中に
何もないから?

わかんない

はじめた頃には
理由があった

生きるために
始めたんだ

表現しないと
凝縮して 腐って
あたしを蝕む
想いが あったから

凝縮して 腐って
あたしを蝕む 前に
表現して 昇華する
必要が あったんだ

身を刻んで
痛みを示すより
実際に叫んだほうが
周囲に優しいと
自分自身にも優しいと
そして伝わりやすいと
思ったんだ

言えない想いを
飲み込むことで
消えない痛みとして
未来永劫
抱き締めて生きるより

想いに
何かしらの形を与えて
昇華を目指す方が
マシだと 想ったんだ

はじめた頃の
あたしには
そんな理由があって

今のあたしには?
何が あるの?

必死で開発した
生きるための方法を
未だに抱き締めて
繰り返してる
だけかしら?

それがすでに
ライフワークに
変わっていて、とか

わかんない

でも
できなければ
つらくなるってことは
いま 目に入らないだけで
理由は あるのかも
しれないから
考えよう
いろいろ。。

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[2007/12/25 21:35] 日常的な徒然 | トラックバック(-) | CM(0)

理由なんて 無いのに 

理由なんて 無いのに
久々に 人を 怖いと 想いました 。

あたしが 人前で 表現する事を
怖い と 感じました 。

人々の 目が あたしを
批判しているような 錯覚を 抱きました 。

嗚呼 だからあたし 隠れたんだ
そう 想いました 。

嗚呼 人の目が怖いから
あたしは 人前で ありのままである事を
止め様と 想ったんだ と 想い返しました 。

『 仲間 仲間 』
その雰囲気は・・ある種
他の人間への 排他のように
感じられるのです 。

その排他が たとえ
あたし自身には 向けられていなくとも
何時か 向けられる日を 想っては
酷く 不安になるのです 。

間違いを 口走りたくなくて
何も話したくないと 感じました 。

誰かの目の底から
批判の色を 見たような気がして
誰の目も 見たくないと 感じました 。

笑いかけられたら
無理にでも 笑わなくちゃ ならないような
そんな 錯覚を覚えて
そんな 苦痛は 勘弁 と
誰かと 目が合うことに
笑いかけられることに
酷く 怯えました 。

ショックでした
酷くショックでした 。
自分自身が 昔と大して変わらず
人に怯えている事が ショックでした 。

痛いと感じました
自分自身を イタイと感じました 。

弱虫で 怖がりで
情けない自分を 痛いと感じました 。

傲慢だったと感じました
哀しいほど 傲慢だと 。

自分がもう とうの昔に 乗り越えた課題だと
思い込んでいたことが 傲慢だと 感じました 。

くらくらして
泣きそうになる 自分を抱えて
その場をどうしようか 迷いました 。
わかるのは
そんな姿を
外界に晒しては ならないと
それだけでした 。

人目は避けたけれど
あたしは笑いました 。
周囲に あたしの中の混沌を
悟られまいと 笑いました 。

生きる場所を 失うまいと
笑いました 。


どうして・・?
あたしはね
もう 終わったのだと
想っていたの 。

他者の目に 怯える時代は
終わったのだと 信じてたの 。
信じてたの 。

これだけ 恵まれた 環境に居て
どうして 未だに
ねぇ どうして 未だに 。。


[2007/12/25 21:32] 日常的な徒然 | トラックバック(-) | CM(0)