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畑違い。 

他者に 期待を押し付けるのも 畑違いだ。
他者に 依存するのも 畑違いだ。
他者が 自分の存在を 肯定することを 強要することも 畑違いだ。

他者に 一切の期待をしないのは 畑違いだ。
他者の存在を 自分とは別世界のことだと 
突き放すことも 畑違いだ。

他者の言葉を 丸ごと信じるのは 畑違いだ。
他者の言葉を 丸ごと拒絶するのは 畑違いだ。

自分が一人ではないということは
自分がつらいときに 必ず誰かが助けてくれるのだと
期待することとは違う。
自分が一人ではないということは
自分のエネルギーを丸々 他者のために用いるということとは違う。


だったら
どれぐらいが
ちょうどいいというんだ。
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[2006/06/18 21:47] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

無能 

なんだろね
あたしとしては
自分なんて
出来ないことだらけの
欠陥品なのに
てか 少なくともさ
あたし自身は そう思うのに

そんな自分を
バランス取るために
必死で物作って
自分 整理して

そうしないと
生きていけない
そんな気が するのに

そうではなく
あたしには できることも
能力も 人並にあるといわれてしまえば
そして それが 真実なのだと仮定するならば
あたしの 今までの 不運や 能力不足は
ただの 怠慢だということに なってしまう

自分自身を
無能と定義づけすることが
今までのあたしに
思考上の 逃げ場をくれていた
しかし
もしそうではないとするならば
あたしは・・・

あたしは
ただの
怠慢野郎だ

自分に甘いだけの
大馬鹿者だ

不適応に悩む
可愛そうな人間というよりも
『不適応の衣を借る 怠慢自己正当化人間だ』

・・・・・・それでも
そのことで 不利益を被ったのは
あくまでも あたし自身であり
それならば
自分で責任をとればいいだけの話なのだろう と

全ての影響無視して 笑ってみる
[2006/06/18 21:28] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

おっはよー☆ 

にゅ。
愚痴。

あたしは
自分の声が嫌いじゃない。
あたしは
自分の朗読の声が 嫌いじゃない。
あたしは
自分の演劇の声が 嫌いじゃない。
あたしは
自分のアナウンスの声が 嫌いじゃない。

なのに。
あたしは
自分の 歌声が
嫌いではないが 不自由である。
不自由であるということは
嫌いとは また違う。
どんな出し方をすれば どう響くかとかが
演劇や 朗読なら ほぼ分かりきっているのに
歌になると わからなくなる。

演劇や 朗読なら 何の意識もしなくても
出したいイメージを 念頭に置くだけで
イメージさえ置ければ 
大抵 それに従った 声になるのに
(というか 今日はこの声は無理・こっちの方が調子いい
 ってことまで 大体分かるのに)
歌になると わからなくなる。

あと
何故か
小劇場ではなく 大舞台の発声法
に 偏っていることも 知ってる。
大舞台の発声 ということは
ホール一帯に 届く声 分かる演技 
というものが主体となり
その分 繊細さに欠けるものになることを
あたしは 知っている。

と まぁ
えっと 何を言いたいか ぜんぜん分からない感じだけど
あたしは 声使う活動は 結構多くやってきたのに
歌になると まだまだ 駄目っていうか
いろいろと 足りないって言うか
根本的な何かが わかってないというか

あはは

ほいで
なんか
何の解決にもなんないけど
そのうち
朗読手法で(ぇー
歌ってみる実験を
してみようと思う。

せめて
そうねぇ
大舞台から 小劇場へ
発声変えてみる おあそびを
してみようっと。

だってさ
120kmで運転するより
60kmで運転した方が
運転の制御は うまくいくじゃんか
制御不能になることは 減るだろうし
景色だって ちゃんと見えるようになるような
きがしませんか?


[2006/06/18 03:02] 日常的な徒然 | TB(0) | CM(0)

・・・ 

おなかすいてきた。

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[2006/06/18 03:02] 日常 | TB(0) | CM(0)

久々。 

脳内REAL更新。

相変わらず 結論の出ない

だらだら記事ですが;

http://hatetete.blog.fc2.com/blog-entry-2332.html

http://hatetete.blog.fc2.com/blog-entry-2331.html

続きを読む
[2006/06/18 03:02] 日常 | TB(0) | CM(0)