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ステップ バイ ステップ 

↓の記事は かなり乱暴なんだけど・・・
書いた後に 滅茶苦茶すっきりしてたあたしが居ましたです
書く前には かなり憤慨してたはずなんだけどね・・・
なんか 書いて途中で ふと冷静さが返ってきて・・・
ついでに自分の未熟さまで 思いました

あたしにしては 珍しい・・・

・・・それでね ふと思いましたよ
人って 完全じゃないのも当然 自分のほうが正しいと思うのも 然りかと
完全じゃなきゃ 意見しちゃいけないのかよ?
そんなこと言ってたら 誰も何も話せなくなります よね?
まあ そういうあたしは 『自分のこと棚に上げるの前提で言うよ?』
と言う前口上を用いて 逃げ場とする のですが・・・
それが はたまたいいものなのかどうか 甚だ疑問で御座います

さて 最近気づいたのですが(遅
誰かと意見を戦わせるときに
『何とかして勝ってやる』『相手をやり込めてやる』
そう思った瞬間 戦いでもなんでもない 話し合いが 戦いとなり
分かり合おうとして行った話し合いというものに
『勝負』という邪念が紛れ込みます
誰だって 誰かと話し合うとき
初めから『言い争いをしよう』だなんて 思っては居ないはずなんです
初めは 『わかってもらいたい』『わかりたい』だったはず
そこに『やりこめる』『悔しい』『負けたくない』という
邪念が加わった途端
純粋な話し合い 意見の交換という場は 音を立てて崩れ去ります
崩れ去ったら さ
せっかく 広がるかもしれなかった世界が 広がることなく
お互いが 苦しい思いを抱えて 終わることになっちゃう
という哀しい結果になりますよね

さて それならば どうしたらいい?どうしたら 世界を広げられる?

さて その前に 根本を暴くことから始めてみましょう・・・

1、『話し合いという 優位であるはずの場が 音を立てて崩れ去る』
             何故か?
              ↑
  『やりこめる』『悔しい』『負けたくない』という
           邪念が加わるが所以

2、『やりこめる』『悔しい』『負けたくない』という
        邪念が加わるのは何故か?
              ↑
       『自分自身が 余裕を失う』が所以


3、       『自分自身が 余裕を失う』のは何故か?
              ↑
  『自分が信じていたものを 覆される』『相手の毒に当てられる』が所以

4、『自分が信じていたものを 覆される』『相手の毒に当てられる』
            のは何故か
              ↑
      『そもそも 信じていたものがあやふやである』
        もしくは『他に頼りにできる思想がない』
             また
  『自分の考え方自体にどこか歪みがあることはとうに知っていて
       見ないようにしていたものを直視させられる』
             が所以

5、『そもそも 信じていたものがあやふやである』
     もしくは『他に頼りにできる思想がない』
             また
  『自分の考え方自体にどこか歪みがあることはとうに知っていて
     見ないようにしていたものを直視させられる』
            のは何故か
              ↑
       『そもそも自我が確立していない』
             もしくは
  『自分の思想を強く掲げることで自分を保っていたため
         他の思想に触れてきていない』
             また
  『コンプレックスに触れられるのは 苦しくそして不快である』
             が所以

6、『そもそも自我が確立していない』
            もしくは
  『自分の思想を強く掲げることで自分を保っていたため
       他の思想に触れてきていない』
             また
  『コンプレックスに触れられるのは 苦しくそして不快である』
            のは何故か?
              ↑
            む・・・難しい・・・


さて ここである方向転換をいたします
これ以上の根本を暴くのは 次への宿題ということにして(ただ わからなくなってきた^^;
何故か?ではなく どうしたらいいか?に切り替えてみます

7−1『そもそも自我が確立していない』ならば どうしたらいいか?
               ↑
   『たくさんの人と触れ合い 成長すればよい』

7−2『自分の思想を強く掲げることで自分を保っていたため
          他の思想に触れてきていない』
          ならば どうしたらいいか
               ↑
          『自分の思想を 捨てることなく
      それでも周りの思想を受け入れられる心を持つ』

         『自分の思想を 捨てることなく
    それでも周りの思想を受け入れられる心を持つ』
           ためにはどうしたらいいか
               ↑
    『どんなに痛くとも 何度となく自らの思想の問題点を見つめ
              認識する』

    『どんなに痛くとも 何度となく自らの思想の問題点を見つめ
         認識する』ためにはどうしたらいいか
               ↑
    『世の中の一般(?)と 何度となく意見を交わし
           相違点に着目する』

7−3『コンプレックスに触れられるのは 苦しくそして不快である』
             のは何故か?
               ↑
   『一般に そのこと自体は 人間として仕方ないように思われる』
              が しかし
       『あくまでも 変化 成長を求めるならば』
           そこで逃げていたらうまくいかない

   『一般に そのこと自体は 人間として仕方ないように思われる』
               が しかし
        『あくまでも 変化 成長を求めるならば』
         そこで逃げていたらうまくいかない
           だったら どうしたらいいか?
      逃げないで なんとか謙虚に受け止める努力をしてみよう
         さて 受け止める努力とは どんなものか
                  ↑
      『消えないこと』『逃げないこと』『腐らないこと』
         『諦めないこと』『開き直らないこと』


むむー・・・これ以上は 難しいけど・・・
課題が明らかになりました
当初の問題としては
『たくさんの人と触れ合い 成長すればよい』
『世の中の一般(?)と 何度となく意見を交わし 相違点に着目する』
『消えないこと』『逃げないこと』『腐らないこと』
『諦めないこと』『開き直らないこと』
これが問題のPOINTになります
その上に挑戦するのは 少し先でいいでしょう
焦ったって上手くいきませんから・・・

さて この3つのPOINTをクリアーしていくためには どうしたらいいか
それは次回に回しますー(逃

これを考えるときに あくまでも 心に極度な負荷をかけないというのは
最低条件とします

もちろん 少し(?)の努力は不可欠ですが
自分の核が壊れてしまえば 元も子もありませんから・・・
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[2005/10/27 22:54] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

北風と太陽 

人間はみんな武器を振り回している、と?
あたしに 武器を持つのをやめろ、と・・・?
・・・そう叫んでいる人間ほど
自らの持つ武器についてだけは
見ないことにしているように見えるんだけど
それは あたしの気のせいかな・・・?
確かに あたしは 自分が武器を持っていることを 認めるけれど
あたしに 『その武器をどうにかしろ』というのなら
・・・万人に その武器に気づけよ、とは言わないが・・・
あたしに そういう主張を ぶつけてくる人にだけは
その自分の持つ武器に気づき
その武器を 鞘に戻し 生身の身体で
『他人に文句を言えるほどの 無害』を
あたしの前で示して欲しいと思うのだが・・・

ああ 万人には 言ってない

『武器を捨てろ』と叫ぶ人間にしか 言っていないよ

叫んで 誰かが 自分自身を責めるならば
それは充分に攻撃だと思うんだ
どんなに 万人受けするような 綺麗な言葉を並べても
心に響く痛みは同じだよ?

そりゃ あたしが悪いんだからさ
100人中、99.9人はあたしを責めるだろうし?
多少は 我慢しようとしたけど・・・
・・・綺麗な振りしていたら 解決されない何かもある
きれいな理論を振りかざすなら その理論で
このどうしようもない世界を どうにかしてみろよ
綺麗過ぎる刃は 相手を切るだけで 刃こぼれの一つもしないだろう?
刃自体が 何一つ傷つきゃしないから
自分の切ったものにも 気づいちゃいないんだろうさ
自分が守りたいものだけ 守れればいいかい? それでいいと思うよ?
ただ その方法は 
『軽蔑すべき 刃を持ったあたし』と大差ないということを 知るべきだ

あたしと大差ないよ? どうだ?屈辱かい?


・・・とまぁ・・・毒吐きはこのくらいで・・・

まあ 理想は 誰かに本気で訴えたいなら 『北風と太陽』の 太陽であった方が良いんだよね
できないあたしは 他人に『太陽になれ』とは言わないけど・・・
まあ 理想です

というか これから 『開き直った理想論』を語ります
〜はどうしたらいいのか 〜ならどうなのか?という質問にはお答えしますが
「なつき自身が できてないだろ!?」というご意見には お答えできません
何故なら 『理想論を話す』と 宣言しているからですv

さて あたしの『北風と太陽論』を語るより先に
『北風と太陽』という童話の内容を 少し復習します

「゜・*:.。.おさらい .。.:*・゜

北風と太陽が「旅人の外套(がいとう)を脱がせる競争」をします
北風は思いっきり強い風を吹かせて旅人の外套を吹き飛ばそうとしますが
強い風を吹かせれば吹かせるほど旅人は外套をしっかりと押さえて、
吹き飛ばすことはできません
太陽は温かな陽射しを旅人に浴びせ続けます
すると、旅人は自ら外套を脱ぎました。勝負は太陽の勝ちです   」

こんな童話です

温かな陽射しを旅人に与え続けること・・・
これは 口でする 指図ではないことは確かです
相手の欠点を見つけて 挙げ連ねることでもありません
いたずらに凹ませることでもありません
自分の理想を押し付けることでもありません

(何気に ここで気づいてしまいました・・・
 あたしがしていることも 北風なんだと・・・;
 ・・・む・・・相手に言っていることが 自分にも突き刺さるぞ・・・
 ↑で 〜ではありません と述べたこと・・・
 あたしもしていることですね
 ・・・てか まんまだね;;・・・ぁぅ)

・・・恥ずかしくなりました・・・理想論とはいえ
ちょっとこれは書けない;
もっとちゃんとした結論を出せるまで 少し時間が必要みたいです;

・・・いきなり太陽になろうとは言わない
・・・秋風・春風くらいを目指してみよう・・・

自分と 全く違う現実・理想・思想を持った人間と
共に生きたいと願う時
どんな心構えで 生きたらいいか

春風・秋風を目指すなら どう変わっていけばいいか・・・
誰よりも あたしこそが 考えるべきなんだね
[2005/10/27 16:02] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(2)