逃げる以外の。 

どくやくと だいじょうぶ

いつでも逃げられるから、大丈夫。
いまはまだ大丈夫、大丈夫。

そういうやり方しか 分からないから、
本当にぎりぎりになったときに、
逃げる以外の選択肢が、浮かばない。

逃げればいいと思っているんだろう?
って言われれば、
『あたしにはほかに、
 どんな選択肢があるって言うんだろう?』
って困惑してしまう。

逃げる以外に、あたしは社会で苦しいことがあったときに、
対処する方法を知りません。

『味方を作る方法を覚えろ』って言われることもあるけれど、
意識して味方を作る方法も、あたしは知りません。
味方がいない、って言うわけでも多分ないけれど、
意識して作る方法は知らない。

(偶然向く方向や、心地よいと感じる距離感が同じだったり、
感性や価値観に興味や共感を感じたり、
相手が近づいてくれたりして、味方になってくれることはある。)



逃げる以外の、自分を守る方法とか、
そうじゃなければ、戦う方法とか、
苦しくなくなる方法とか、

わからないんだよなあ。

いろんなことから逃げてるって言えば、
そうなのかもしれないけれど、
社会や人間なんて、あたしからみたら、
不可解だし、強大すぎるしで、
到底太刀打ちなんかできないだろうに、
なにをどうしていいのやら、、、


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[2018/06/20 16:36] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

さよならをきめるのは 

多分 当たり前のことなんだけど

AさんとBさんがいたとして、
Bさんが、Aさんと関わるのを、
やめたいって思ったとしたら、
その人間関係はもう、駄目なんだよ。

いつだって、人間関係の行き先は、
NO』って決めたほうが、決めるの。

バレンタインで、女の子が告白しても、
男の子がNOを出せば、そこで終わりだし
恋人同士じゃないからこその、
ストーカーやセクハラなのだし。

NO』を決めたら、おしまい。
それがあたしでも、あなたでも、同じ。
『どちらかが』決めたらもう、終わりなんだよ。



あたしは、元々、
とある障害と診断されていたこともあって、
(今はもうすっかり、その診断基準を満たしません)

『見捨てられ不安』や、『しがみつき』には、
とても気をつけている。

やらないように、やらないように、
相手の負担にならないように。



だから、たとえばの話、
あたしが、あなたと関わり続けたいと思っても、
あなたがそうじゃないなら、
あたしはあっさり手を離す。

哀しくても、苦しくても、淋しくても、
仕方ない、仕方ない、仕方ないって、
言い聞かせて、あっさり手を離す。

それは、どうでもいいからとかじゃないし、
あたしが、強いからなわけでもない。

勘違いしないでね。

あたし、結構人に愛着を持つよ。
あたしのlikeは、結構強いよ。
淋しさや喪失感で、ぼろぼろ泣いちゃったり、
しばらく引きずっちゃうことだってあるよ。



それでも、それでもね、
どちらかが『NO』って言ったら、
もう駄目だから、しがみつかない。

しがみつかないよ。
[2018/06/17 16:02] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

バリアを張る。輪郭を守る。 

『心にバリアを張る』
『心の輪郭を守る』

言葉の意味としては、
割と近いと思うのだけど、

なんだか、あたしは、『バリアを張る』
の方は使いにくくて、『輪郭を守る』
の方が使いやすい。

『輪郭を守る』なら平気なのに、
『バリアを張る』の方を使おうとすると
やっぱりなんだかざわざわしちゃって。

というか、使ってみたら、
そのあとちょっとだけ凹んじゃって。

同じような言葉なのに、
どうしてなのかなあ、って考えてた。



、、、『バリアを張る』も『輪郭を守る』も、
言葉そのものとしては、
何かしらの攻撃や災害なんかを、
前提とする言葉なんだよね。

どっちも、そうなんだけど、
目線の向き、みたいなものが違う、気がする。
気のせいかもしれないけど。



『バリアを張る』は、自分の外を見ている。
誰かが(例えばあなたや、そのひとや、あのひとや、、、、)
攻撃してくるかもしれないって、見てる。
怯えて、警戒して、じーっと見てる。

手をばってんにして見せ付けながら、
硬くて険しい、攻撃的な表情で。



『輪郭を守る』は、違うんだ、なんだか。

自分の内側を見ている感じがするの。
自分の内側の、
大事な何かを、見ている感じ。
そこには、険しさも、攻撃性もない。



、、、ように見える、見かけ上。
見かけ上、ね。
視線の向きが、そこを向いていないから。

『「何から」守るの?』って自問自答すれば、
明らかになっちゃうのにね。

本当は、険しさも攻撃性もあるのに、
見ていないから、誤魔化されてしまう。

誤魔化されてしまってるだけじゃないかと、
あたしは思う、、、



本当は、同じなんじゃないかな?
どうなのかな?

わかんないんだ。
たまにさ、頭ではわかってない何かを、
無意識?心?の方では、
理解していたりするから。

『バリアを張る』『輪郭を守る』・・・
もう少し、頭の中でくるくる回してみます。

[2018/06/17 16:00] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

黒い服の力、続きみたいなもの。 

『黒い服のちから』
に関してのこと。

正直、あたしはそうやって、ぶれないように、
感じる力を抑えようとすることに、
なんだかちょっと躊躇いというか、
後ろめたさみたいなものがあったの。

その理由は、そういうことをすることで、
人を拒絶しようとする意志みたいなものを、
自分に見つけてしまって、
そんな自分がちょっと嫌になるってこととか、

小さなことで揺れてしまうことは、とても苦しくても、
昔からそんな人間として生きてきているから、
なんだか自分が自分じゃなくなりそうな、
そんな感じがするってこととか、

なんかこう、
肋骨の間がざわざわするような、
じわじわした苦味なんだけど。

でもね、大丈夫だったよ。
別に、普通に笑えたし、普通に話せたし、
多分だけど、普通にバイトもできました。



過剰にぶれない感じが、なんだかね、
『普通の人になった感じ』がした。

いや、あたし別に多分、明確に普通ではない、
ってこともないんだけど。

でも、なんだか多分、
いつもより普通、な感じがした。



若干、不安定な心にに重さを与えて、
動きにくくしたくらいで、ちょうどいい、のかもしれない。

普段が、無防備にゆらゆらふわふわ、
揺れ過ぎているのかもしれないね。
ほかの人たちはもしかしたら、このくらい、
自分の心の輪郭を守って、
生きているのかもしれないね。



このくらいは、いいのかな?
このくらいは、もしかしたら、
みんなしているのかな?

どうなのかなあ。


[2018/06/16 16:28] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

なつく。 

星の王子様の、
キツネとの関わりの部分を読んでほしい。

そして、あたしの言う、
『なつく』の意味を知ってほしい。

『嫌いでも普通でも、
もちろん恋愛感情でもなく、
あたしはあの人(あなた、だったりもする)
になついているの。』

って伝えても、
なつくの意味をちっとも理解してもらえなくて、
いつも哀しい気持ちになる。

星の王子様の、キツネの話に、
分かりやすく書いてあるから、
読んで欲しい、、

辞書よりも、星の王子様のほうが、
わかりやすく書いてあるんだもの。
[2018/06/14 21:11] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

黒い服のちから。 

ここ一週間ほど、
あたしは毎日黒い服を選んでいる。

自分の言動に自信がなかったり、
他者と自分の境界が、
わからなくなったり、
社会や人間のシステムが、
わからなくて苦しかったり、
そんな、なんだかふわふわぐらぐら
揺れる不安定な気持ちが、苦しくて。



黒い服は、そんな精神状態に、
幾らかの重さを与えることで、
動きにくくさせてくれるような気がするの。

つまり、文鎮だよ、文鎮。
気持ちの文鎮。

笑顔も減るし、口数も減る、
基本的に、社交性は落ちる。

楽しいことを楽しいと感じる力や、
嬉しいことを嬉しいと感じる力も、
やっぱりダウンする。

でも、ほんの少し、
強くなれるんだよ。
揺れにくくなる感じ。



自分の心の、
輪郭みたいなものが強くなって、
他者の言動や視線に、
影響されにくくなる感じ。


[2018/06/14 04:53] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

少数派を優先することを『あたしが選んできた』 

繊細な誰かが、ほんの少しでも、
あたしと居ることに、安心感を覚えてくれると、
とてもうれしい。

滅多に誰かと仲良くなろうとしない誰かが、
あたしに近づこうとしてくれると、
それはとても貴重なことだと思う。



たくさんのひとじゃなくっていいんだって、
『みんな』と仲良くできなくって良いんだって、
本当は、わかっているはずなの。

そしてあたしは、現実として、
少数派を優先してきたはずなの。

あたし自身が、ずっと少数派で生きてきたから、
どうしたって、そっちのひとたちの方向に、
気持ちの方向が向くのだし。

現実から考えても、
あたしと仲良くなってくれる人は、
そういう人のほうが多いのだし。



『少数派を優先することを、選んできた』
そのことを、あたしはもっと自覚すべきだ。

それは、
『多数派を優先しないことを、
 更にいえば、蔑ろにすることを、選んできた』
っていうことさえ、言えてしまうのだから。

そういうことを考えるとね、
比較的今のあたしは、
優先してきたひとたちに優先され
優先してこなかったひとたちに、
優先されていない、ってことかもしれない。



『みんなを愛して』なんてこなかったじゃない、あたし。
そして、それは多分、別に悪いことではないのだけど。

ただ、
『みんなを愛して』こなかったあたしなのだから、
『みんな』に愛されなくたって、そんなことは普通なの。
『みんなを優先して』こなかったあたしなのだから、
『みんな』に優先されなくたって、そんなことは普通なの。

それを、きちんと自覚しようね、って話。
贅沢な我侭ばっかり、言ってんじゃないよって話。

優先してきたものがあるのだから
優先されなかったものがある、当たり前のことだよ。
[2018/06/13 17:05] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

でっかい原っぱの、小さな蜂。 

でっかいでっかい原っぱに、
小さい針をもった蜂が、
ほんの数匹いただけで、

どんなに綺麗な花が咲いてても
どんなに美味しい果物がなっていても
その原っぱ、全部いらないって
逃げ出してしまうのは、
そうでなければ、全部壊そうとしてしまうのは、
哀しいことだって言うのは、わかってる。

しかも、多分その蜂はね、
そこまで強い毒を持っている訳でもないんだ。
多分、だけどね。
[2018/06/13 16:17] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

余波 

感情を大きく揺らしたあと、
小さな小さな余波が、
しばらく続く。

いま、それが続いてる途中みたいだ。
[2018/01/30 11:17] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)

感情はじわじわたまる、かな? 

昨日、バイト帰り。

電車の中で、知らないおじさんに、
難癖と注意の狭間くらいのことを
言われたのだけど。
そこまで、頭可笑しいレベルのことを、
言われたわけでもないのだけど。

言われた途端に、おじさんではなく、
もっと理不尽なことを言われたり、
されたりして、
不愉快だったときの感情まで、
ぶわーっと、沸き上がってきて。

(都会の電車では、あたしに限らず、
嫌な想いをすることは、ままある。)

隣に座ったおじさんを睨み付けて、

『あたしが女で年下だから、
何も言い返されないだろうと思って、
好き勝手言ってるんだろ』

『ひとのためみたいな顔をして、
自分が座りたかっただけなんだろ』

とか、いろいろ言ってしまった。



あのとき、そのとき、飲み込んだ、
我慢できてると思ってた、怒り。

全部、沈殿させてただけだった。

昇華も消去も、
なんにもできてはいなかった。

昨日、それを実感して、

やっぱり、感情ひとつひとつに、
丁寧に対処しなくてはいけないと、
思ったのでした。



あたしにとっては、
その一番の対処法が、
書くことだったのだから、

今年は、
たくさんものを書こうと思います。
[2018/01/02 07:10] 自分・人間・社会・言葉・コミュニケーション 等 | トラックバック(-) | CM(0)